10年前にはできなかったこと。熊本地震10年、初めて災害ボランティアへ ~その③~

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災害ボランティアは、思っていたより身近なものだった

今回、初めて災害ボランティアに参加しました。

参加する前は、災害ボランティアというと、泥をかき出したり、瓦礫を運んだり、重たい家具を搬出したりといった、かなりの重労働を想像していました。

しかし、今回私たちが担当したのは、被災した住宅から運び出された家財道具や不用品を分別し、軽トラックでゴミ置き場まで運ぶという作業が中心でした。

もちろん、暑い中での作業ですし、重たいものを運ぶ場面もあります。

それでも、今回のような作業であれば、女性でも参加できると思います。

「災害ボランティアは体力がないとできない」

そんなイメージを持っていましたが、実際にはそうではありませんでした。

自分にできる仕事を担当し、決められたことを安全に行う。

それだけでも、被災された方の負担を減らすことができます。

すべてをボランティアだけでできるわけではない

一方で、今回の活動を通して感じたことがあります。

それは、災害が起きたとき、すべての作業を一般のボランティアができるわけではないということです。

屋根が崩れている建物や、倒壊の危険がある建物。

重機を使わなければ撤去できないもの。

電気やガス、水道など、専門的な知識や資格が必要になる作業。

こうした仕事は、やはり専門の業者でなければ対応できません。

だからこそ、災害が起きたときには、それぞれの立場でできることをすることが大切なのだと思います。

専門的な仕事ができる人は専門的な仕事をする。

行政は行政の役割を担う。

そして、私たち一般の人間にもできることがあります。

今回の私たちの仕事は、不用品を分別して運ぶという、一見すると単純な作業でした。

でも、その作業をすることで、被災された方が一人で片付けなければならない負担を少しでも減らすことができます。

「こんなことで役に立つのだろうか」

最初はそんな気持ちもありました。

でも、実際に現地で作業してみると、小さな作業にも意味があるのだと感じました。

帰りの軽トラで聞いた、ベテランおじさんの言葉

作業を終え、現場から最初に集合した詰所へ戻ることになりました。

私は行きと同じように軽トラックを運転していました。

助手席には、一緒の班になった60代のベテランの男性。

これまでに7回ほど災害ボランティアに参加した経験がある方です。

一日の作業を終え、少し疲れた雰囲気の中で、こんな会話をしました。

「被災した方も最後、喜んでいてよかったな」

その言葉を聞いて、私も本当にそう思いました。

一日かけてやったことは、家財道具や不用品を分別して運ぶという作業です。

決して特別なことをしたわけではありません。

それでも、被災された方に喜んでもらえた。

それだけで、「来てよかった」と思えました。

すると、その方がこんな話をしてくれました。

「私の地元、延岡市も南海トラフ地震が起これば、津波の影響が確実にあるエリアなんだよ」

そして、

「海抜0メートルだから、今の土地を更地にして売っても買い手が見つからないような土地なんだ」

と。

私は少し驚きながら話を聞いていました。

これまで何度も災害ボランティアに参加しているベテランの方自身も、決して「災害とは無縁の人」ではありません。

むしろ、自分自身も将来、被災する可能性がある場所に住んでいる。

それでも、今回こうして熊本へ来て、被災した人を助けているのです。

そして最後に、こんな言葉を話してくれました。

「だから、数十年以内に私の家が被災したときは、またボランティアの方が助けてくれると思う」

そして、

「ボランティアとは、誰かの手助けをつなぐリレーなんだよ」

と。

この言葉が、今回のボランティア活動の中で一番心に残りました。

「助ける側」と「助けられる側」は、いつ変わるか分からない

災害が起きたとき、

「自分は被災者ではないから、助ける側」

「自分が被災したから、助けられる側」

と考えてしまいがちです。

でも、本当はそうではないのかもしれません。

今回一緒に活動したメンバーの中には、10年前の熊本地震で被災し、今回は「恩返し」という思いでボランティアに参加している人がいました。

そして、今回出会ったベテランの男性は、将来自分が被災したときには、今度は誰かに助けてもらうことになるかもしれない。

そう考えると、災害ボランティアは一方通行ではありません。

誰かに助けてもらった人が、今度は別の誰かを助ける。

その人がまた別の誰かを助ける。

そうやって支援が次の人へ、次の世代へとつながっていく。

まさに「リレー」なのだと思います。

10年前にできなかったことを、10年後に

熊本地震から10年。

10年前の私は、被災地を見ながら「何かしなければ」と思っていました。

しかし、実際には行動できませんでした。

今回、10年という時間が経って、初めて災害ボランティアに参加しました。

一日作業をしたからといって、被災地全体から見れば、私たちができたことは本当に小さなことです。

6人で一軒のお宅の片付けをした。

それだけと言えば、それだけです。

それでも、被災された方から「ありがとう」と声をかけていただきました。

そして、帰りの軽トラックの中で聞いた、

「ボランティアとは、誰かの手助けをつなぐリレーなんだよ」

という言葉。

この言葉を聞いて、今回ここへ来た意味が少し分かったような気がしました。

10年前の自分は、何もできなかった。

でも、10年後の今年、ほんの小さな一歩ですが、誰かを助ける側に回ることができた。

そして、その小さな一歩も、もしかすると誰かから受け取ったものなのかもしれません。

大きなことをする必要はないのだと思います。

自分にできることを一つやってみる。

その力が誰かの役に立ち、その人がまた別の誰かを助ける。

そんなリレーが続いていけば、災害に立ち向かう大きな力になるのではないでしょうか。

また機会があれば参加したい

今回が初めての災害ボランティアでしたが、機会があれば2回目も参加したいと思っています。

一度現地を見たことで、災害に対する見方も少し変わりました。

ニュースやテレビで見る被災地と、実際にその場所に立って見る被災地では、感じ方が全く違います。

道路の亀裂。

曲がったガードレール。

ブルーシートがかかった屋根。

大きく損傷した建物。

そして、そこから出てくる大量の災害ゴミ。

災害が起きた瞬間だけではありません。

その後の生活を取り戻すまでには、たくさんの時間と人の力が必要になります。

今回、ほんの少しですが、その一部分に関わることができました。

10年前には何もできなかった自分ですが、10年後の今年、ようやく一歩を踏み出すことができました。

そして、いつか自分自身が被災者になる可能性もあります。

そのときには、今度は誰かが自分を助けてくれるのかもしれません。

そう考えると、ボランティアは「特別な人がするもの」ではなく、いつか自分にも返ってくるかもしれない、支え合いの仕組みなのだと思います。

今回、熊本で受け取った「リレー」という言葉を、これからも忘れないようにしたいと思います。

次回は「災害への備え」について

今回、実際に熊本の被災地を見て、改めて考えさせられたことがあります。

それは、

「もし、自分の住んでいる地域で同じような災害が起きたらどうするのか」

ということです。

災害は、いつ起こるか分かりません。

そして、実際に被災してから準備を始めるのでは遅いこともあります。

今回の熊本での経験を通して、私自身も「普段からできる災害への備え」について、改めて考えてみようと思いました。

次回は、熊本で実際に被災地を見て感じたことをもとに、

「熊本地震から学んだ、私たちが今からできる災害対策」

について考えてみたいと思います。

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