10年前、何もできなかった
熊本地震から10年。
2016年4月、熊本県を中心に大きな地震が発生しました。最大震度7を観測する地震が相次ぎ、熊本県内では多くの建物が倒壊するなど、甚大な被害が発生しました。
鹿児島県に住む私にとって、熊本は決して遠い場所ではありません。
テレビに映し出される被災地の映像を見ながら、「近隣の県でこれだけ大きな災害が起きているのだから、何か手助けをしなければ」と思っていました。
しかし、実際には募金をすることも、ボランティアに参加することもありませんでした。
「何かしなければ」と思いながらも、行動に移すことができなかったのです。
あれから10年。
今回、熊本を訪れる機会があり、「今年こそは少しでも力になれれば」と思い、初めて災害ボランティアに参加することにしました。
大きなことはできないかもしれません。
それでも、まずは自分ができることをやってみよう。
そんな思いで、鹿児島を出発しました。
鹿児島を朝6時に出発。熊本へ
当日は朝6時に鹿児島を出発。
熊本県八代市方面へ車を走らせました。
高速道路を走っている間は、いつもの熊本への移動とそれほど変わらないように感じていました。
ところが、八代あたりから高速道路の状況が一変しました。
高速道路を降り、一般道を走り始めると、屋根にブルーシートがかけられた住宅が目に入ってきます。
「まだ、こんなに残っているのか……」
そんなことを思いながら、さらに先へ進んでいきました。
そして、そこから先で目にした光景は、テレビで見ていた被災地とは全く違うものでした。
熊本の家屋は敷地が広く恐らく先祖代々農家を営んでいたのか日本瓦の立派な平屋が多数あります。
築100年以上経過している自宅をリフォームしながら長く使っていた立派なおうちがいとも簡単に
崩れているのを目の当たりにすると本当に心が痛みます。
テレビでは伝わらない「震度7」の現実
屋根だけではありません。
建物そのものが大きく損傷し、屋根から全壊しているような住宅も目にしました。
テレビのニュースで何度も見たはずの被災地。
しかし、実際に自分の目で見てみると、その印象は全く違います。
建物の大きさ、道路の状態、周囲に残る被害の跡。
その場に立って初めて、「震度7」という地震の凄まじさを実感しました。
さらに一般道を走っていると、道路の中央線付近に亀裂が入っていたり、ガードレールの基礎部分が落ち、ガードレールそのものが激しく曲がっていたりする場所もありました。
車で走っていると、道路の段差で車が跳ねることもあります。
スピードを出して走ることはできません。
ゆっくり、道路の状態を確認しながら進む。
それが一番安全だと感じました。
10年という時間が経っています。
それでも、地震が残した爪痕を実際に目にすると、「災害は一瞬で日常を変えてしまうものなのだ」と改めて感じます。
そして、この先で自分が参加する災害ボランティアでは、いったいどんな作業をするのだろう。
少し緊張しながら、今回の活動場所である氷川町へ向かいました。


コメント